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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)352号 判決 1968年7月11日

原告

山口森美

ほか一名

被告

高橋正典

ほか一名

主文

一、被告らは各自原告らそれぞれに対し金二、四〇八、八四一円宛及び右各金員に対する昭和四二年二月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを四分し、その三を被告らの負担、その余を原告らの負担とする。

四、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

五、但し、被告らにおいて、各自原告らに対しそれぞれ金二、〇〇〇、〇〇〇円の各担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告ら訴訟代理人は「被告らは各自原告らに対し各金三、二六三、二七三円及び右各金員に対し昭和四二年二月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二、主張

(請求の原因)

一、事故の発生

被告高橋は、昭和四一年一二月一一日午前一〇時頃大阪市大正区南恩加島町一番地先路上を普通四輪トラツク(泉一す一八―〇八号、以下事故車という)を運転し東から西に向つて走行中右路上においてダンボール箱で遊んでいた訴外山口寿子を轢過し、よつて同女は頭蓋粉砕により死亡した。

二、被告高橋の過失

自動車運転者は進路前方を注視して、若し前方路上に例え廃品の空箱を発見した場合でも少くともこれを避けて走行し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、被告はこれを怠り時速三〇粁以上の速度で漫然進行を続け、道路中央附近にあつた縦六〇糎、横九〇糎、高さ一米の新品のダンボール箱を轢いたためその箱の外西側で箱に触つて遊んでいた山口寿子を轢過し、よつて本件事故を惹起せしめた。

三、被告竹内工業合資会社(以下被告会社という)の地位被告会社は事故車を所有し、被告高橋を雇傭していたところ、本件事故当時同被告は被告会社の業務のため事故車を運行していた。

四、損害

(一) 寿子の失つた得べかりし利益

(イ) 一八才から二三才迄

寿子は昭和三四年七月一四日生れの女子で本件事故による死亡当時満七才五ケ月であつたから余命は六七・六八年である。寿子が成長して満一八才に達すると、高等学校を卒業して就職し、満二三才迄五カ年間稼働でき、一ケ月二〇、〇〇〇円の収入を得てその内生活費は五〇パーセントとして算定すると、同女は右稼働期間中毎年金一二〇、〇〇〇円の純益を得ることができたはずであり右期間中の得べかりし利益を基礎として年五分の割合による中間利息をホフマン式計算(年毎)によつて控除し寿子の満八才時(昭和四二年七月一四日)の一時払現価を計算すると四〇〇、二〇三円となる。

(ロ) 二三才から六三才迄

寿子はその後二三才で結婚し少くとも女子就労可能平均年令の六三才迄の四〇年間主婦として家事労働に従事するはずである。ところで現在の社会経済状態から主婦の代りに家政婦を雇入れると食事付で一日千数百円を要するのであるが、これを最少限度一日一、〇〇〇円と見積つても一ケ月三〇、〇〇〇円の収入とみなされ、そのうち生活費は五〇パーセントとして算定すると同女は右稼働期間中毎年一八〇、〇〇〇円の純益を得ることができたはずであり、右期間中の得べかりし利益を基礎にして年五分の割合による中間利息をホフマン式計算(年毎)によつて控除し前記同時期の一時払現価を計算すると二、八五一、八四三円となる。

(二) 原告らの相続

原告森美は寿子の父、原告博子は寿子の母であつて同女の死亡によつて、原告らは各二分の一の相続分をもつて同女の有する権利を相続により取得した。従つて、原告らの取得した右寿子の得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権の額は原告ら各金一、六二六、〇二三円である。

(三) 葬儀費用

原告らは三五日、四九日の各法要の費用として合計金四、五〇〇円を支出した。

(四) 原告らの慰藉料

原告ら夫婦には現在三人の子供がいるが本件事故以来交通事故を恐れこれら三児を長野県松本市の祖父母の下に預けて別居している状態で原告らは本件事故によつて深甚な精神的苦痛を受けたのであり、これを慰藉するものとして各金二、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのが相当である。

(五) 弁護士費用

原告らが本訴代理人たる弁護士に支払うべき費用は次のとおり合計金七七〇、〇〇〇円である。

着手金 三二〇、〇〇〇円

報酬 四〇〇、〇〇〇円

訴訟費用 五〇、〇〇〇円

五、右損害合計八、〇二六、五四六円のうち原告らは昭和四二年三月自動車損害賠償保障法に基づく保険金として一、五〇〇、〇〇〇円を受領したので右損害の一部に充当した。

六、よつて、原告らは被告らに対し各自金三、二六三、二七三円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四二年二月一〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(答弁)

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実は否認する。

三、同第三項の事実は認める。

四、同第四項は争う。特に被害者の結婚後の収益として二三才から六三才迄の四〇年間家政婦の賃金一日一、〇〇〇円を基準として計算しているのは家事労働の無報酬性からいつて不当である。百歩ゆずつて仮りに家事労働の収益性をみとめるとしても一日一、〇〇〇円は多きにすぎる。

(抗弁)

一、被告会社の免責

(一) 運転者の無過失

被告高橋が事故車を運転して時速約一五粁で事故現場に差しかかつたところ、前方約三〇米のところに菱型にへしやげた形で道路中央に転がつているダンボール箱を発見したが、被害者はすつぽりその箱の中に入つていて外部から見えなかつたので単なる空箱としかみえない状態であつた。この附近は平素からダンボールの空箱がよく捨ててあつて、時にはそれが風に吹かれて転がつていることもあるため、被告はこれを空箱と判断し道路幅員が狭く(約五米)、避けて通ることもできないので、そのまゝ走行を続けたのである。又路上に転がつているダンボール箱の中に人間が入つていようなどとは何人も到底予想し得ないことである。

(二) 運行供用者たる被告会社の無過失

被告会社は事故車の運行に関し注意を怠らなかつた。

(三) 被害者もしくはその両親たる原告らの過失

本件事故は被害者が道路の真中でダンボール箱の中に入つて遊んでいたため起つた事故で、道路上でダンボール箱の中に入つて遊ぶことが危険きわまりないことは被害者自身弁識しえた筈であり、本件事故は、偏えに被害者寿子の重大な過失にもとづき生じたものというべきである。仮にそうでないとしてもかかる危険な遊びを放置していた両親の重大な過失によつて本件事故は惹起されたのである。

(四) 機能、構造上の無欠陥

事故車には機能の障害も構造上の欠陥もなかつた。

二、過失相殺

仮りに、免責が認められないとしても前記のように被害者又は原告らに重大な過失があるのであるから斟酌さるべきである。

(抗弁に対する認否)

いずれも否認する。

第三、証拠 〔略〕

理由

一、請求原因第一項(事故の発生)の事実については当事者間に争いがない。

二、そこで右事故に対する被告高橋の過失の有無につき考へるに〔証拠略〕を綜合すると次の事実を認めることができる。

(一)  本件事故発生地は、大正区市電昌運橋停留所より稍西方の大運橋たもと附近で、右市電道と分れこれと平行して、西に向う幅員約四・五メートルの舗装路であり、事故地点より稍西寄の道路北側に原告方住居が、更にそのずつと西方へ被告会社がある他道路北側は一般の住宅店舗等が続いている。

(二)  亡寿子は、前夜原告方で購入した新らしい洗濯機のダンボールの空箱(縦九五cm、横七八cm×六五cm)を路上に引出し、その中に入つて箱を路上に転ばせ動かして遊んでいた。

(三)  被告高橋は事故車を運転して前記市電道より本件道路に入り、時速一五ないし二〇キロメートルで西進したが、進路前方中央より稍左寄り路上に、前記ダンボール箱が横倒しに少し菱形になつた恰好で、転がり、それが一、二回転したように動いて来るのを約六〇メートル前方に発見したものの、空箱が風に吹かれて転つているものと考え、それ以上の注意を払うことなく、そのまま右ダンボール箱及びその内にいた亡寿子を事故車左前輪で轢断通過した。なお当日は好天で風はなく春のような日和であつた。

(四)  以上の事実に徴すると、右認定のような大きい真新らしいダンボール箱が、たとえ一見空箱のように見えたにせよ、前認定のような路上に存するのに、さしてこれに顧慮を払うこともせず、容易にそのまま事故車の進行を続けて当然のごとく轢過して了つたこと自体、抑々被告高橋の自動車運転者としての心構えないしは資質の瑕瑾を思わしめざるを得ないのであるが、それはそれとして新らしい大きなダンボール箱が、本件道路のような路上の中央近くに、不用物として捨て去られていることは通常予想し難いところであり(この点被告らは、当該附近ではそれ迄も屡々路上にダンボールの空箱が捨てられていることがあつたと云うが、小さいダンボール箱の場合は兎も角、本件のような新らしい大きなダンボール箱が、本件路上に、これ迄に屡々捨てられてあつたと認めるに足る証拠はない)、かつこのような箱が移動するには相当の風が吹かねばならず、まして、本件のように路上を回転して動くというのは可成の強い風である筈のところ、被告高橋は、少くとも事故車乗車までは、無風であつたことを知つていた訳であり、乗車後走行する運転席にあつては、風が吹き始めたかどうかは、充分感知しえないところがあつたかも知れなくても、前記ダンボール箱を回転移動させる程の強い風が吹き始めていれば、周囲の情景にもこれを知らしめるような何らかの変化を感得しえたと思われ、更に、本件のようなダンボール箱が空箱として風に吹かれて移助するのと、その内部に小学校一年生の子供が入つて、中より回転させ動かしている場合とのダンボール箱の動き方の違いは通常の注意を払えば当然判別しうる筈のものであつて、そうとすれば、本件事故は被告高橋が右のような諸点への考慮と注意を欠き軽々に空箱が風に吹かれているものと誤認して安易に進行し轢過した事故車運転上の過失にもとづくものというべきである。

三、被告会社は事故車を所有し、当時これを自己のため運行の用に供していたことについては当事者間に争いがなく、又前判示のとおり、被告高橋に事故車運転について過失がなかつたとはいい難いから被告会社は他の免責要件について判断するまでもなく自動車損害賠償保障法第三条により又、被告高橋は直接の不法行為者として民法七〇九条によつて、それぞれ原告に対しその生じた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

四、損害

(一)  亡寿子の逸失利益

〔証拠略〕によると、亡寿子は昭和三四年七月一四日生れで、本件事故当時満七歳五ケ月の健康正常な女子であり、父は旧制中学卒業の製缶工、母は新制高校卒業であることが認められるので、このことよりすれば、本件事故がなければ、同女は今後その平均余命(六五・九三年―第一一回生命表)の間生存し、その間高等学校を卒業して就職し、少くとも結婚するまでは継続して勤務するのであろうと推認される、ところで、女子は概ね二五歳を以て結婚するのが最も普通である(厚生省大臣官房統計調査部編人口動態統計によると昭和三七年度の女子の平均初婚年令は二四・五歳である)と考へられるところ、一般に女子は結婚と前後して退職し、爾後は主婦として専ら家事労働に従事するのが通常であるから、亡寿子も並特段の事情のない限り(そしてそのような特段の事情として認めるに足るものはない)、二五歳を以て結婚し、同時に退職するものと考えるのが相当である。右のように考えると、“得べかりし利益を”被害者が将来実際に取得しえたであろう収入を意味するものと解する限り、亡寿子には、高校を卒業する一八歳から結婚時の二五歳までの間については逸失利益を認め得るけれども、主婦となつた二五才以降については、その家事労働に対応する収入=賃料・給料といつたものはなく、又その就労可能期間ということも考え難いことであつて、得べかりし利益は認め得ないものといわなければならない。しかしそのことは、主婦の家事労働が損害額算定上無価値であり、男子の場合には逸失利益の喪失が考えられるのに、女子であり主婦である場合には、それに相応する何らの損害も認めえないということを意味するものと考へるべきではなく、そのような場合には、その労働能力の喪失自体を損害とみてこれに対する賠償を認めるべきものと解するのが相当である。そして労働能力自体の価値の算定は、本来旧体別に、当該場合における諸般の事情を綜合してなすべきものであるが、本件におけるような幼女の場合にはこれを算定する手掛りに乏しいので、労働能力の対価たる賃金の統計による平均値を利用することが許されてよいであろう。(なお、大高・昭四〇・一〇・二六・下民集一〇巻一〇号一六三六頁、大地昭四三・三・一二・判例タイムズ二一九号二一三頁参照)。

以上の見地から亡寿子の蒙つた右の損害額を検討すると、同女は、前記平均余命内において一八歳から五五歳まで就労可能であると認めるのが相当であるところ、総理府統計局編第一七回日本統計年鑑「年令階級、産業および企業規模別給与額」によると昭和四〇年度女子労働者全国全産業平均年令別月間賃金は、一八~一九歳で一五、七〇〇円、二〇~二四歳で一八、一〇〇円、二五~二九歳で二〇、〇〇〇円であるから、亡寿子は、一八歳から二五歳までは実際に就職して右各年令に応ずる平均賃金程度の収入を得たであろうし、又結婚して家庭に入る二五歳以降も五五歳まで、少くとも前記二〇、〇〇〇円を下らぬ収入を取得しうべき稼働能力を有したであろうと推認できるが、その間生活費は原告らの自認する五〇%を超えないものと認められるので、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して右の間の純収益の現価格を計算すると、その総額は別紙計算表のとおり金一、八一三、一八三円である。

(二)  〔証拠略〕によれば原告らは寿子の両親として同女の死亡により右(一)の同女の被告らに対する損害賠償請求権を各二分の一宛承継したことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  〔証拠略〕によると原告らは葬儀費用として、三五日と四九日に合計金四、五〇〇円の支出をしたことが認められ他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(四)  〔証拠略〕によると、原告らは本件事故のため、可愛い盛りの長女寿子を一瞬にして失い、しかもその死は、事故車左前輪で頭部を轢過粉砕されたもので、路上に脳漿が流出するなど正視に堪えない悲惨なものであつたことが認められる。その他本件全証拠によつて認められる諸般の事情を考慮すると原告らに対する慰藉料は各二、〇〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。

(五)  当裁判所に顕著な大阪弁護士会報酬規定並びに弁論の全趣旨によると原告らは弁護士池田留吉に本訴追行を委任し、同弁護士に対し主張の如き債務を負担したものと認められるが、右のうち訴訟費用は、本訴における訴訟費用負担の裁判により各自の負担を定むべきものであり、その余の着手金及び報酬については、本件事案の内容、訴訟の経過、叙上認容すべきものとした損害額その他諸般の事情を考慮すると弁護士費用として、被告らに対し賠償を求め得べきものは五〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

五、過失相殺

前認定のような亡寿子の年令に照らし、同女自身には未だ過失相殺能力は認めえないというべきである(仮にこれを積極に解したとしても前認定のような被告高橋の運転上の過失に照らし考へると、同女に斟酌するに足る過失があつたとは認められない)。

そこで更に原告らの過失について考えるに、〔証拠略〕によると、原告博子は、普断から亡寿子やその兄栄介らの子供達に、戸外で遊ぶ場合には車の通らない横手の路地で遊ぶようにと言い聞かせており、事故当時においても、栄介から、玄関にあつたダンボール空箱を戸外に持ち出すと告げられて、持ち出して遊ぶのなら表は危いから横の路地にせよと注意を与えていることが認められ、このような事実に、更に前認定の事故車運転者被告高橋の過失の態様・程度も併せ考えると、原告らに損害額算定上斟酌するに足る過失はないものというべきである。

六、ところで前記原告らの損害のうち葬儀費用及び弁護士費用は原告ら各自が均分負担したものと認められる(弁論の全趣旨)ので、そうすると結局原告らの本訴請求は第四項の合計額六、三一七、六八三円から原告らがすでに受領した自賠責保険一、五〇〇、〇〇〇円を控除した四、八一七、六八三円の各二分の一宛の金二、四〇八、八四一円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四二年二月一〇日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告らのその余の請求をいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条第九三条、仮執行並びに同免脱の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡宣兄)

〔別紙〕 (計算表)

年令 年収 生活費控除 ホフマン係数 現価

18歳(15,700×12)×1/2×0.6451=60,768円

19歳(15,700×12)×1/2×0.625=58,875円

20歳(18,100×12)×1/2×0.606=65,811円

21歳(18,100×12)×1/2×0.5882=63,878円

22歳(18,100×12)×1/2×0.5714=62,054円

23歳(18,100×12)×1/2×0.5555=60,327円

24歳(18,100×12)×1/2×0.5405=58,698円

25~55歳(20,000×12)×1/2×((48年の係数)24.1263-(18年の係数)12.6032)=1,382,772円

以上合計 1,815,183円

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